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幻水5はネタバレしてます  byぷり
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手芸・ゲーム・お絵かき・カリグラフィー
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フリー素材のHPで幻想水滸伝5のアイコンを配布しています。
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ウ~~~! ビンボッ!♪

マンボのリズムで貧乏を刻んでみました。

えー、怪我して退職した後、収入がギリギリで貧乏ちゃんになりました。

地獄かっていうと、それほどでもないぐらいの貧乏です。

ですが、物を買う時、「本当にこれが必要か?」「どうしても欲しいほど、これを私は好きなのか?」という問いかけを、何度も何度もして、違う店も覗き、値段の比較をし、一時の気の迷いで欲しがっているのではないか? と日を跨いでまた商品を見る、ということをしてから、購入。
という、非常にめんどくさいことになっています。www

ですが、思いました。「何十年も生きてきて、こんなに自分に必要なもの、本当に好きなものを自分に問いかけたことはあっただろうか」ってことを。

同時に断捨離をしていたのですが、大昔に欲しいと思って買ったものが、何年かしたら、ゴミとして捨てられていく様を見て、どんだけ心を痛めたことか。

そして、臨時収入が5000円入った時に、「金もらったから、なんか買うか」と、また余計なものを買おうとしていた私。

……わたくしめは、思いました。
「あれ? ずっとお金欲しいと思っていたけど、お金あっても、余計なものを買うだけじゃん。そしてその余計なものは、私の居場所をのっとり、私の部屋を小さくし、数年後には捨てられるではないか」

ウオーーーーイ、なにしとんじゃ我は~!

なんだか、私はお金の使い方、ずっと間違っていたみたい。
いや、気づくための道のりだったと思えばいいんか?

それにしても、もっと早くに気づきたかった。

なんて思っていたら、思わぬところから、お金が入ってきた。
今度こそ、本当に必要なもの、本当に欲しいものを買おう。


ちなみに、私が「買ってほんとうに良かった」と思ったのは、シーリングライト、踏み台、カートです。どれも私を軽やかにしてくれました。特に、踏み台は、「なんで今まで買わなかったんだろう……」と思いましたよ。高いところに手が届くって、すばらしい♪



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久しぶりにじっくり鏡を見たら、かなりしわが増えていてガックリきた。

かなりショボーン。

だけど思った。

私の顔なんか誰も見てないし、見たとしてもなんとも思ってない。

私だって、他人の顔がどうであろうと興味ない。

つまり、自分の顔をじっくり見てるのは自分だけ。

そして、自分の顔にダメ出しして自分で落ち込んでいるのである。

一人サドマゾ劇場。
ホントに私は、こればっかやってるな。
ショッピングモールに行って、いろんな商品を見て回った。

靴、バッグ、寝具、電化製品、雑貨。
見ているだけで楽しい。

豊かだな、欲しくなったらいつでも買えるな。

でも、無駄遣いできないので、高いものは買えないし、必要ないものはそもそも要らないので、商品と自分は無関係だと思っていた。

その時、ふと思った。

この商品たちは消費者のために作られたんだよな。
あれ? 消費者って私じゃん。
じゃあ、ここにあるもの全部、私のために用意されているんだ。

これはすごい!

商品たちが「見てって~」「私どうですか~」「安いで~」って私にアピールしているように見えてきた。

思えば、この建物だって、私に商品を買ってもらうために作られたのだから、私のために用意されているのだ。

この世のどれだけのものが私のために用意されているのだろうか。かなり多いのでは!?

帰り道、道路も電車も病院も学校もだいたい目に入るものが間接的だが私のために作られていたことに気づいた。

なんだか、世界から愛されているような、あったかい気持ちになってきた。

まなざしを変えたら、懐は寂しいままだが、心がとっても豊かになったよ。
自分のアイデアで、一気に幸せになるなんて、面白いなあ。



私は私という存在の頂点に立つものだと思っていた。私の意思決定によって、私は生きていると思っていた。

何十年もそう思っていたから、その考えはなかなか覆らない。

だが、ある日、気がついた。

私の身体、かなり勝手にやってる。

心臓や胃や腸、他いろいろな臓器は、私がいちいち「動け」と命じなくても、勝手にやってくれていることはもちろんわかっていた。でもその他の部位は、自分で動かしていると思っていたのだ。

でも、違った。はじめに気づいた「勝手に動くぜチーム」の一員は、表情筋だった。
絶対に笑うまい! と強い意思で決断しても、面白いことがあれば、笑ってしまうのである。

こいつ私の意思で動いてねえ!

自分でコントロールできる部分もあるが、普段は私の命令なしで勝手にやってる。呼吸や瞬き、あくびなんかもそう。

腕や足は、さすがに私の意思で動いてるだろう、と思っていたが、気がつかないうちに、頭をぼりぼり掻いていたり、貧乏揺すりしてたり、音がした方をとっさに見たりしていた。歩く時も、歩こう、と意思決定するが、一歩一歩を命じて出していない、腕も自動的に動いてる。

あれ……? なんか、自分の意思で動かしているとこ、かなり少なくない?

こうしてキーボードで文字を打っているが、中指出して、小指使って、などど、いちいち命じてない。訓練を受けた指が、勝手に動いているだけ。

身体だけじゃなく、感情もそうだ。気持ちがいい風がふいたら、勝手に「うっわ~、気持ちいいわ~」と思っている。
そこから、昔行った田舎の旅館の露天風呂思い出したりしている。
気持ちいい、と感じようと思って気持ちよさを出しているわけではないし、温泉のこと思い出してみよう、と思って、思い出しているわけではない。

私って、かなり、全自動に近いのではないか?

身体の大部分が「勝手に動くぜチーム」だとしたら、私は存在の支配者とはいえないのではないか?

でも、私は「いる」と思っている。この私って、なんなん?

考えて、考えた末に、こう思った。

・どっちに行くか決める役?
・身体に起きたことを感じる役?
・「好き」を探す役?

こんな感じかな?

言い方はいろいろあるだろうけど、自分的には、今はこう思う。

ん? 待てよ。
それって、「私」もツールのひとつと言えるのでは?

そして、この「勝手に動くぜチーム」と「私」が一丸となって、「生きる」をやっていく。
「生きるぜチーム」だ。
方向性は「軽やかに、心地良く」を目指したい。
みんな合わせて「生きるぜチーム」! これが私という存在だ。

いやいやいや、待て待て待て、
チーム結成! なんてやってる様子を、別の視点から見ている私がいるではないか。

誰やーーーーこいつは!?

あ、私か?

私って、なんやねん!

どこまでも出てくる「私」

待てよ、ひょっとして、チーム結成を見ている私が、チームの一員になった時に、それを見ている私が、また現れるやんな?

層が何層もあるの? どこまであるの? 無限?

ねえ、「私」って、本当になんなん?

今朝、散歩をしていた時に、ふいに昔きらいだったAさんのことを思い出した。

Aさんのなにが嫌いだったかというと、他人のせいにするのが癖になっている人で、他人の悪口ばかりを言っているところがたまらなく嫌いだった。

散歩の途中で、もしこの道でその人に会ったら、何を言われるだろう? そんなことを考えた。

私は、怪我で会社をやめることになったのだが、そのことで「あなたのせいでみんなが忙しくなってたいへんだ」とでも言われるのだろうか?
そんなことを考えていやな気持ちになった。

だが、ここにはAさんはおらず、私はなにも言われていないのである。自分のアイデアでいやな気持ちを味わっているにすぎない。
そして「他人のせいにする」というアイデアが湧くということは、私の脳のシステムにその考え方があるということだ。
うむ、実際に、私だとて、「他人のせい」と思うことは多い。今のいやな気持ちになったアイデアだって、「あの人がああいう性格だから思いついたんだ」とAさんのせいにしている。

なぜ、他人のせいにしてしまうのだろうか?
考えた。
それは「自分のせい」だと辛いからである。

たしかに、なにかあった時に、「自分のせいかも」と思うことは多い。つまり「自分は悪くない」と思いつつも、心の奥底で「自分のせいかもな~」と思っていたりする自分がいる。

では、なぜ自分を責めてしまうのだろうか?
赤ん坊のころはわけもわからず生きており、「自分がなにか悪いことをした」という意識はまったくなかった。
だが、生きているうちに社会や親や学校の先生の言葉や態度の中に「責められている」という空気を感じ取るようになる。
そして、いつしか、それを取り入れてしまった自分が自分を責めるようにまでなっていた。

自分で自分を責め、辛くて他人のせいにする。
そんなからくりができあがった。

実際に他人に対して、「あなたのせいだ」とは言わなかったが、心の中で思っていることは多かった。
自分が他人を責めれば責めるほど、「自分だって、こんなに人を責めるのだから、他人だって自分を責めるのは当然だろう」というシステムもあっただろう。
つまり、他人を責めると、他人から責められているような気がしてしまうのである。

なんということだ。
誰も私を責めていないのに、他人から責められているような気がしているのである。それは、自分が自分を責めているのである。(自分と一体化した過去の記録テープが、とでもいおうか)

それが辛くて、また他人のせいにする。
アホな一人芝居、ひとりサドマゾ劇場である。

さらにさらに、「他人のせいにする人」というのが嫌いなので、自分を嫌いになる。
そしてさらに、他人に嫌いな自己を投影し、その人を毛嫌いする。

な、な、な、アホか、私はーーーーーーーー!!!
自分の人生を自分で複雑にし、苦しんだあげくに人を嫌い、自分も嫌い、ひとりでとち狂ったように、負の舞を繰り広げているのだ。
なんたるあほう。
だれか、こんな私をどうにかしてくれ~!
それにしても気づいて良かった。

とりあえず、自分をむやみに責める自分をどうにかしよう。
おーい、だれも私を責めてないぞ~、責めてるのは年代物の記録テープやぞ~。辛い気持ちになんてならんでいいんだぞ~。だから、人のせいにしなくていいんだぞ~。
風が気持ちいいぞ~、今日は過ごしやすくて、いい日だぞ~。こんな日に、なんでひとりサドマゾ劇場を自分に披露して、いやな気持ちになってなきゃアカンねん!
あほうあほう~、家に帰っておいしいコーヒー飲もな~。


アニメの「タコピーの原罪」の最終回を見終えました。

以下、ネタバレありです。





私は、ある日地球に生まれ落ちた。

生まれた瞬間は、ありのままの姿である。

その後は、ずっとありのままでいてはいけないと言われ続けた。

人間社会で生きていくなら、ルールを守らなければならない。

当然と言えば当然のこと。

どこでなにをしてもいいというわけじゃないのだ。

人様に迷惑をかけてはいけないのだから。

走り出したくても、走ったら怒られる。

笑いたくても、笑ったら怒られる。

大声を出したくても、ダメ。

自由にしたらダメ。

あれができなきゃダメ。

これもできなきゃダメ。

できないあなたはダメ。

泣きたいのに、泣くことすらダメと言われる時もある。

なにかあった時、どうすればいいのかわからない。

教えてくれる人がいなかったから。

誰も教えてくれなかったじゃない。

でも、「知らないじゃすまされない」なんて言われたり。

「考えればわかるでしょ」と言われたり。

そうですか、すみません、考えませんでした。

考えなかった私はダメな人間です。

ありのままの私は、受け入れてもらえない。

だから、私じゃないふりをしてがんばる。

がんばって、がんばって、がんばっても、必ず誰かがダメと言う。

いつしか、自分で自分にダメと言ってた。

そして、ある日ふと思う。

本物の私はどこにいるのだろう?

生まれた時のありのままの自分は?

地球に生まれて、さあ生きるゾー! と張り切っていた私は?

どこにいるの?

「ダメ」という言葉に削り取られて、いなくなってしまったの?



……いいや、いるよ。

いるんだよ、心の澱のしじまで、膝をかかえてうずくまっている。

全身が傷つけられてボロボロよ。もう立ち上がることもできない。

誰にも見られないように、こっそりと、いないふりをして、でもいるんだ。




タコピーの原罪の最終回で、
しずかちゃんが「じゃあ、どうすれば良かったの」
と怒り泣いて、叫んだ時、
彼女はピクンと反応して、膝の中に埋めた頭をあげた。

そしてしずかちゃんと一緒に怒り泣いた。

私の目から涙がこぼれおちた。

タコピーとしずかちゃんが、泣きながら歩いているシーン。
世界でたったひとりぼっちになってしまったしずかちゃんに
タコピーが寄り添っていた。

私の中の彼女はそれからわあわあと泣き続けた。

私の口から、わあわあと声が出ていた。

私は顔をゆがめて泣き続けた。

アニメのエンディングを見終わっても、私は泣いていた。

嗚咽をもらして1時間ぐらい泣き続けた。

涙って、こんなにいっぱい出るの?

ただでさえ、干からびてるのに、出るわ出るわ、貴重な水分が。

60すぎたおばちゃんがこんなに子どもみたいに泣くなんて、それ自体が驚きよ。

涙が出なくなってから、なにも考えられずにボーッとしながら、さらに一時間が経過した。

私の中のなにかが変化していた。

いたんだね、私の中の私。

たくさん泣いたね。

六十年も涙がたまっていたんだね。

だからあんなにたくさん泣いたんだね。

ごめんね、ダメって言ってごめんね。

もう自由に生きていいよ、孤独な老人になろうね、ソロ人生なら、誰にも迷惑かけないよ。

孤独万歳! 好きなことを好きなだけやろう!

昼間からお風呂に入ってお酒飲んじゃうもんね~。

床に転がって、だらしなくゴロゴロしちゃうもんね。

夜更かしして、漫画読んじゃうもんね。

恥ずかしいダンスだって踊っちゃうもんね。

ヘタクソな絵だって描いちゃう。

もう、ダメなんて言わないよ。

あなたのこと、大事にしてあげなくてごめんね。

いつでも、どんなあなたでも、大好きよ。

本当は大好きだったんだよ。

あなたのままでいたいと、いつも思っていたんだよ。


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